日々の記録

物欲にまみれた日々です。お人形遊びをしています。

5.26

女装をすればナンパされるほどにはかわいい女の子になれるエラムと、エンディングでは美少女以外の何者でもないアルスラーン殿下が、仲良くなっていくさまをもっと見たいんですが、小説読んだらいいのか!?

絶世の美女はお腹冷やさないか心配になる。
 
最近また録画を失敗してから挫折していたgleeのシーズン3を見直していて、やっぱりウィル先生とエマのカップルが本当に本当に好き!萌え!という思いが深まりました。
3話のコールドプレイの「Fix you」を歌う場面がもうほんと好きで、ここだけ何回も見返してるけど、その度ごとに、2人の関係性の素晴らしさにため息ついてしまう。シーズン3の3話のこの場面のこの瞬間のためにそれまでのgleeが展開されてきたんじゃないの!?ってくらいにきれいにテーマが凝縮されていてたまりません。
さまざまな差別を描いてきたgleeですが、シリアスさを強調するこの場面で実際に問題になっている差別問題を取り上げるのではなくわざわざバカらしい設定を用意してきたのがほんといいなーと思います。赤毛至上主義こそが愛する2人の共に歩む未来を阻むのだ!なんとバカバカしいんだろうと笑ってしまえば、それこそが製作者の狙いだろうから、最高だなー。
「赤毛至上主義」にはさまざまな差別問題が代入可能なのにも関わらず、あえてそれらを取り上げないのは、そうすることでこの話を見たあらゆる(赤毛至上主義者以外の)主義信条を持つ視聴者に、客観的に見た差別の不条理なバカバカしさを印象付けられるだろうし、このばかばかしい「赤毛至上主義」に代入可能な根強く残るさまざまな差別問題の本質的な滑稽さを描くことができるからなんだろうな。
その滑稽さを笑った後で、差別が引き起こす不快さを赤毛至上主義者の差別的発言で思い出させ、そこから赤毛至上主義のエマの両親、非赤毛でバツイチのウィル、重度の潔癖症のエマの三すくみが生み出す緊張と二人の将来に陰る逆境が示されるストレスフルで混沌とした場面に移る。
ラストは、追い詰められたように祈るエマと彼女に寄り添い共に祈るウィルの姿。
このコメディから殺伐とした場面への流れが、ラストの、静かに傷ついている2人の寄る辺なさと、勢いだけでは踏み出せない悲しいくらいに理性的な姿を強調してくれて、もう、2人の関係が本当に美しいよー。シリーズを通して愛すべき人々として描かれてきたウィルとエマなので愛着もあるから余計にぐっとくる。まだ全部見終わってないけどgleeではこの3話が一番好きな話です。