日々の記録

物欲にまみれた日々です。お人形遊びをしています。

2.24

四月は君の嘘 18話
ポエミーな場面が見ていて照れ臭いのとまだるっこしいのとで最初は苦手意識があったけどやっと慣れてきた。そのせいもあってか、かをりの出てくる場面も前ほど苦ではない!なにぶん情趣を味わうことに疎いので、ハチミツとクローバー以来の手強さを感じている。でも見ちゃう。

狭い人間関係の中で恋愛感情のもつれが生まれると時として人間をダメにしかねないものになる印象がありますが、四月は君の嘘は若者を描いているのもあってかそういう薄暗さは回避して、爽やかで美しいものにうまく仕立て上げているので死亡フラグが立とうがどうしようが見ていて安心です。基本みんな相手を思いやるいい人なので見やすい。年齢設定の割にそういう点がみんな老成しているような印象。それゆえにこれはファンタジー!と割り切って見ているのかもしれません。だからポエミーさも乗り越えられたのかもしれない。

どうでもいいことぐだぐだ書いてしまったけど、そもそもは相座兄妹かわいい!というのを吐き出しに来たのだった。相座兄妹かわいい!!

あと、ドラマの学校のカイダンを神木くん目当てに毎週見ているのですが、これは私の視点がずれてんのかもしれないですけど、ああいうスクールカーストを描くなら高校よりも義務教育の方が舞台として合ってるような気がするなあ、と思います。田舎の公立にしか通ったことがなく、私立の学校の雰囲気がわからないからこう思うのかな。でも、特に先週の生徒会長が主張していた内容は高校に持ち込んではいかんのではないかと個人的に思っちゃう、のは老化の始まりだろうか。みんなで一緒に楽しくってのは極端なことを言えば高校には必要がない気がするよ。大勢で同じ方向を向いて競ったり協力したりするからこそ結果として楽しい高校生活というのが生まれるだけという気がする。それにみんなが愛される学校って、よくわからないよ。若者の感覚(というか作り手の感覚)についていけないよ…。これはもはや学校を描きたいのではなく、格差社会の縮図として学校を舞台にしたけどスライドしきれなかっただけなのかな?って感じで、学校として考えるとほんと何が言いたいのかよくわからなかったよ。

7話はなんというか、もやっとする話だった。ネタ切れだったんだろうか。

同じくスクールカーストを高校を舞台に描いていたgleeは割合そういった感覚なく観れたんですが、それは舞台がアメリカなのと、主人公たちが特殊技能を磨いていく中で認められていく話だったからなのかなーと比べてしまいたくなりました。やっぱり人から認められて愛されるには、情が湧くくらいの時間かもしくは洗練された特技が必要だと思うよ!

そういう意味で言ったんじゃないというのはわかるんですが、いかんせんみんなが愛される学校にするというのはキャッチーなのに意味不明だよというもやもやが。でも演説は、その場にいる聴衆の気持ちつかんじゃえばそれでいいんだよ!というのを伝えているのかなと思えばあの不思議な展開も納得できます。